にくうどん

shoka・svaha・shava

不感症

 

おそらく死ぬまででこれなんだろう。最近物事に関する感性が0になった。人を押しのけ押しのけ、俺が体験してやるんだ、俺が面白いを伝えるという背徳的な自信が廃れてしまった。周りに終わるな終わるなと叫んでいたのは、自分が終わることの裏返しで、自分の目にはいくら奇天烈なものであっても何の感想も残らないでいた。面白いの暴力性に疲れていル、人に向けてきた好奇の目が、何の気なしに向けた嘲りが、全て自分に返ってきた。おかえり。因果なことだ。

汝の意思の格率が常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよとはエマニュエル・カントが実践理性批判の中で定式化したものだが、面白いは普遍的立法の原理として妥当しうるように行為することを妨げる効果があると感じる。登戸。

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川をひとつ超えてしまえばその通りだったと妙に納得もする

「延長戦」長谷川麟

 

人生で一番渡るのが辛かった川は、多摩川。大きな声を出せない小田急線の車内で指数関数的に、バイバイン的に、膨れ上がる感情。頬肉がせり上がり、瞼が落ち窪み、眼球を起点として表裏が入れ替わる感覚。和泉多摩川

 

 

エンジンを切ると静かになる とても 岬を離れてゆくカモメたち

「延長戦」長谷川麟

 

ボートレースはフライングスタート式。白黒赤青黄緑のカモメたちは3-3の枠なりで、二回フライングをするとその節、出場停止になる。

不感症の僕はまだF1に過ぎない。半期しか留年してないし。そうだしあそこでF行くくらい攻めてなかったら後悔するだろう。多摩川を超えて、吐き気がおさまったように、東京都で、3号艇捲り差しをブチきめて、美しい1ターンマークを皆様にお見せできればなと思う。狛江。

 

最近見た最高コンテンツ

やはり文学のようなものをやっているときは、真っ白なキャンバスに浸透している、透明な膜を持つ(ヤギの膀胱のような)もので満たされた空間に全身を押し当てながら融け込mmでいる実感があり、気分が高揚する。新宿。

 

「でも意味が私が喩えたから」「この宇宙に今まで存在しなかった葉っぱと木星の間の関係が生まれたの」「言葉の上でだけ」「これが文学よ」

「児玉まりあ文学集成」 三島芳治

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